院長日記

高脂血症の治療(3)日本の脂質代謝異常のガイドラインについて

2015/07/03

脂質代謝異常のガイドラインは、動脈硬化性心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、一過性脳虚血性発作、脳梗塞、末梢動脈疾患)を発症する人の特徴を明らかにして、臨床現場における治療方法や具体的な目標を示すものです。そのために用いられる資料として、ある集団を長期間にわたって観察し、動脈硬化性心血管疾患を発症する人の特徴を明らかにする観察研究の他に、未発症群および既発症群に対して特定の生活習慣や薬物などを用いて、どの程度動脈硬化性心血管疾患の発症頻度を抑制できるかを明らかにする1次および2次介入研究があります。

これらの結果をまとめて予防および治療ガイドラインが決定されています。動脈硬化性心血管疾患の発症を抑制できたことを確認するためには、統計的に治療群と未治療群の発症頻度の間に有意の差を認めることが必要です。

まず、対象となる集団の未治療群と治療群におけるそれぞれの発症頻度( 通常、40歳以上の日本人では、年間1000人当たり1-10人程度)を確認する必要があります。同一レベルの血清脂質値で比較すると、既発症群における動脈硬化性心血管疾患の再発症率は未発症群の初回発症率より数倍高いため、動脈硬化性心血管疾患の既発症群では未発症群に比して治療目標値はきびしいものでなければいけません。

そのため、既発症例では未発症例に比して、より強力な治療が必要とされます。当然ですが、治療法による副作用や想定外の有害事象が出た場合には、効果のみでなく、マイナス部分を考慮した上で、最大限の効果が期待できるレベルが治療目標値として推奨されます。

日本人の動脈硬化性心血管疾患には欧米に比して大きな特徴があります。欧米のガイドラインの基準になっているフラミンガムインデックスを用いて動脈硬化性心血管疾患の発症率を検討すると、日本人では欧米人の1/2から1/3の動脈硬化性心血管疾患の発症率しか認められません。

そのため、欧米のガイドラインをそのまま日本人に応用することは出来ません。日本人に合致した動脈硬化性心血管疾患のガイドラインを作成するにあたっては、日本人を対象にした長期間の観察および介入試験が必要です。

現在、60才以上の日本人では高血圧、脂質代謝異常、糖尿病はそれぞれ約60%、約65%、約7%の人がすでに発症していると考えられています。これらに共通するのは、臓器異常や合併症を発症する前には症状がないことです。動脈硬化性心血管疾患が発症していないことの確認は、症状の有無のみでは十分ではありません。血圧、血清脂質、血糖あるいはヘモグロビンA1cを測定し、これらの測定値に異常を認めないこととは異なります。

健診で行う胸部X線、安静時心電図、聴診に加えて、最近では頸動脈エコーや心臓足首血管指数( CAVI)もオプションで行なわれますが、健診時に動脈硬化性心血管疾患の診断がいったいどの程度出来ているのでしょうか。無症候性も含めた動脈硬化性心血管疾患が未発症で、かつ未治療な群における長期間研究を目指す場合、解析可能な多数の対象を選択すること自体が非常に難しいのです。

また、ごく低頻度しか存在しない、健康状態の良好な対象群を選んで研究することは、遺伝素因的および環境素因的に良好な人のみを研究対象とすることになり、一般人口における動脈硬化性心血管疾患の発症リスクを明らかにする研究としては、対象の選び方に問題があると考えられます。

2013年度のガイドラインは、「日本人の一般人口」における動脈硬化性心血管疾患のうち、冠動脈疾患のみについて絶対発症率を明らかにし、他のリスクとは独立した発症リスクの関与が高いものを示しています。具体的には、1980年に開始したNIPPON DATA80のデータにより、日本全国の300か所から約30人ずつを抽出して、解析結果を示したとされています。

日本人における長期の集団観察研究の統計的な解析から、年齢、性別、喫煙の有無、慢性腎臓病の有無、糖尿病の有無を確認し、収縮期血圧で5群、総コレステロールで6群に層別に分けた上で、その症例に相当する動脈硬化性心血管疾患( 日本人では冠動脈疾患についてのみについて予測可能)による死亡確率を導き出し、治療方針を決めるということになっています。その結果、2013年の動脈硬化学会脂質異常症治療ガイドでは、日本人の40才以上で75才未満における冠動脈疾患による10年間死亡確率は、0.5%未満、0.5- 1%未満、1 .0 – 2.0%未満、2.0 – 5.0%未満、5.0 – 10.0%未満の5つの死亡確率レベルに分けられています。

死亡確率について平均45才の集団で考えると、女性はほとんど閉経前ですから、0.5%未満です。男性も喫喫群・高血圧群で総コレステロール値が240mg/dl以上の場合にやっと5%以上の症例が出現する程度です。65才の集団では、女性は閉経後となりますが、10年間死亡確率には総コレステロールの高低による差が認められず、非喫煙群で0.5 – 2.0%、喫煙群で1.0 -2.0%に上昇するのみであるのに対して、男性では総コレステロールが高ければ高いほど、血圧が高ければ高いほど死亡確率が上昇し、非喫煙群で0.5 -5.0%、喫煙群で0.5 – 10.0%を示すようになります。

また、年齢、性別、喫煙、慢性腎臓病、糖尿病、収縮期血圧、総コレステロールに加えて、低HDL-C血症( < 40mg/dl)、早発性家族性冠動脈疾患の家族歴(第1近親者、男性55才未満、女性65才未満)、耐糖能異常の3つのうち一つ以上を有する場合には、死亡確率レベルが一つ上がります。冠動脈疾患をすでに発症している場合や、糖尿病・慢性腎臓病・脳梗塞・末梢の動脈疾患をすでに合併している症例は2.0%以上の高い10年間死亡確率を示します。

今回のガイドラインには30年以上前に研究を開始した頃の測定法によるデータがそのまま用いられ、また、食後採血もある為に、空腹時血糖やHDL-コレステロール、LDL-コレステロールに言及するには問題があります。今後は、血清脂質については1970年代から測定されてきたHDLコレステロール、中性脂肪を測定項目に加え、空腹時採血による研究結果を解析した上で出される新しいガイドラインが望まれます。

食後に上昇する中性脂肪の影響を受けないnon HDL-コレステロール ( 総コレステロール値からHDLコレステロール値を差し引いた値)なども参考にしながら、二次予防ではLDLコレステロールは100mg/ dl以下、一次予防では境界基準の100 – 120mg/dlを含めて、高リスク例では100mg/dl以下を治療目標値とするのは妥当な考えと思われますが、脳梗塞と冠動脈疾患の発症確率および死亡確率は両者について別々に示されることが重要と思われます。

臨床現場では、できるだけ現状に沿ったガイドラインが必要です。常に研究者主導の新しい治療法が進行中ですが、その成果をいち早く取り込んだ新しいガイドラインが求められています。各専門学会からさまざまなガイドラインが出されていますが、今のところすべての動脈硬化性心血管疾患の発症頻度を網羅的に述べたガイドラインはまだありませんので、不完全なガイドラインを中心に医療をする時代と言えます。

今までのガイドラインでも同様ですが、個々の症例を診療する時には、年齢、性、総コレステロール値、収縮期血圧、空腹時血糖、喫煙などのすべての冠動脈疾患発症リスクを診た上で、すべてのリスクを考慮して治療することが必要です。脂質代謝異常のほかの高血圧、糖尿病、禁煙についてもそれぞれの治療ガイドラインに沿って治療することが重要です。

 

 

 

 

 

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