院長日記

高脂血症の治療(2)ガイドラインの注意点を中心に

2015/06/26

血清脂質の正常基準値としては、総コレステロールは 220mg/dl未満、中性脂肪は150mg/dl未満、HDL-コレステロール( HDL-C)は40mg/dl以上、LDL-コレステロールは140mg/dl未満とされていますが、正常基準値がどのようにして決められているか、ご存知でしょうか。

健診で何の疾患にも罹っていない集団の中で喫煙をしていない人のみを対象にして、血清脂質値の分布から性別・年齢別の平均値(M)と標準偏差値( SD)を求めM±2 SDの間を正常値としたものではありません。まず、血清脂質値の高低で動脈硬化性心血管疾患(狭心症、心筋梗塞、一過性脳虚血性発作、脳梗塞、末梢動脈疾患)の発症頻度にどれだけ差があるかを検討します。実際には、動脈硬化性心血管疾患が未発症の人とすでに発症している人も含め、全対象の血清脂質値を層別(高低によって対象を3-5分の1ずつに分ける)に分析し、各層間で動脈硬化性心血管疾患の発症頻度にどの程度の差があるかを検討し、発症頻度が最低レベルを示す範囲を正常基準値の候補とします。さらに、生活習慣の改善と薬物による治療で動脈硬化性心血管疾患の発症をどの程度抑制できるかについて検討し、明らかに治療効果が上がるレベルを治療目標値として決めていきます。

ガイドラインを決定するに当たって検討すべき重要な事項が四点あります。

まず、ガイドラインを作成するための研究を始めるにあたっては、あらかじめ症状や検査で動脈硬化性心血管疾患の有無を確認しておく必要があります。問診で喫煙、飲酒、運動などの嗜好とともに、家族歴、既往歴、サプリメントなども含む投薬内容についても確認します。

検査としては、通常は身長、体重、腹囲径、胸部X線, 心電図のほかに、空腹時に血球検査、肝・腎機能検査、血清脂質、血糖、ヘモグロビンA1c、尿酸、検尿が行われています。一般的には甲状腺機能の測定がされていないことが多く、二次性の脂質代謝異常が除外されていません。できれば甲状腺機能低下症のような頻度の高い二次性高脂血症も除外する必要があります。また、どの程度の精度で動脈硬化性心血管疾患が診断されているかについて確認が必要です。

症例数を確保するために、多施設で登録する必要がありますので、動脈硬化性心血管疾患の診断法として精度の高い負荷心電図や頭部CT・MRIを施行することができない施設の症例が含まれていることもあります。この場合には、症状や安静時心電図によってのみ動脈硬化性心血管疾患が診断されており、無症状の疾患がほとんど診断されておらず、精度は低いと考えられます。

二番目は、選択する症例の問題です。

一般的には5年間以上におよぶ長期間の経過を診る必要がありますので、登録固定された人が、繰り返し頻回に診察や採血などの検査をする必要があるため、症例数を増やすことには限界があります。実際には、勤務地の移動が多い症例は除外する必要があります。

男女別、年齢別などに偏りがないことも重要です。症例数が必要なレベルに達しない場合には、ますます期間が長くなり、脱落例が増えるなど、解析が困難な場合が出てきます。多数の症例を管理する体制を維持するには大変なエネルギーを要しますが、個人情報の管理方法について対象者から承諾を得て、外部に漏洩しないように管理されることは当然です。

三番目は、対象とする集団の選択です。

選択する集団によって、結果に大きな差が出ます。通常は、中高年者( 40-70才)において、はじめて動脈硬化性心血管疾患を発症する頻度を求めるため、研究の開始時にこれらの疾患を持っていない人が多い集団を対象とすることになりますが、この年代では発症頻度に大きな男女差( 男性/女性:1.5 – 3/ 1)が存在します。

また、喫煙・高度肥満・家族性高コレステロール血症を合併する場合を除いて、35才以下の若年者や閉経前の女性には動脈硬化性心血管疾患はきわめて稀です。逆に、65才以上の高齢者は中高年に比しても発症頻度は高いと考えられます。その対象集団が高リスク集団かどうかで動脈硬化性心血管疾患の発症率にも大きな差が出てきます。もちろん、どんな集団でも性別・年齢別に正常基準値および治療目標値は異なってきます。

四番目はそれぞれのリスクを一生涯の死亡リスクとしてみるのか、それとも動脈硬化性心血管疾患の発症リスクとしてみるのかという点です。

現在のように、強力な薬物によって、動脈硬化性心血管疾患の発症がある程度抑制可能な時代では、初回の発症から死亡まで十年以上の経過を診なければいけません。最近の国内各地の治療センターにおける発症後1ヶ月間の死亡率は、心筋梗塞と脳梗塞ともに5-10%です。このような状況では、直接の死因と動脈硬化性心血管疾患との関係を確認することが困難な場合が多く認められます。発症リスクは臨床現場では治療目標として当然、優先されるべきものです。

しかし、単純に、冠動脈疾患のみに絞って考えてみても、心筋梗塞と心筋梗塞を起こす直前の状態( 切迫性梗塞)、その他の狭心症では明らかに重症度が異なり、診断の確実性の点から狭心症を動脈硬化性心血管疾患に含めるのには異論があります。また、動脈硬化性心血管疾患の高リスク症例では、冠動脈造影で50%以上の狭窄率を有する無症状性冠動脈疾患も多く(約30%)認められます。

さらに、日本人に多い冠動脈の攣縮で起こる冠攣縮性狭心症もあります。この場合には冠動脈造影では攣縮部位は正常所見のことが多く、アセチルコリン負荷をして攣縮を証明する必要があります。狭心症状があるからという理由で簡単に発症症例とする場合にはあらかじめこのような症例が含まれている可能性があることを考えておく必要があります。

以上のように、ガイドラインはそれぞれの対象集団や治療目標が異なる点に注意しながら、治療の参考にするようにとどめ、やはり、まず個々の症例のリスクについてしっかり診断し、そのすべてについて生活習慣の改善を含んだ治療をすることが大切です。

有効な薬物によって動脈硬化性心血管疾患の発症予防および治療効果が上がるようになると、必然的にその時点で治療が困難なその他のリスクが大きな治療すべき課題となって浮かび上がってきます。

高血圧、脂質代謝異常さらに、最近では糖代謝異常に対しても薬物治療が可能になってきている日本では、残るリスクとして喫煙、慢性腎臓病のほかに家族内若年性発症などが大きな割合を占めると考えられます。

 

 

 

 

 

 

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