院長日記

オランダの国際動脈硬化学会に参加して

2015年5月22日より29日までオランダのアムステルダムとイタリアのベニス、フィレンチェを訪ねてきました。アムステルダムは3年毎に開催される国際動脈硬化学会への参加が目的でしたが、今回初めて発表をせず、ヨーロッパ動脈硬化学会のプログラムの中で、初日に一日中開かれる脂質代謝異常研究会に参加し、世界の潮流について肌身を持って感じることができました。日本は狭く、人口に比して動脈硬化症の専門家もヨーロッパに比較してまだまだ少ないようです。また、全般的に日本人の若手臨床家による臨床研究がほとんど見当たらない状況を再確認しました。しかし、この状況下でも難治性の脂質代謝異常症に対する治療薬が開発され、効果を上げることが確認できる場合には、その関連領域の研究が一挙に進みます。それが、今回の学会では、家族性高コレステロール血症の領域で認められ、新規臨床的診断基準の提唱や新規責任遺伝子の発見へと続きました。

 とくにLDLコレステロール値が300mg/dl以上である家族性高コレステロール血症のホモ接合体に対しては、20才以前に心血管系疾患が発症してしまうために、従来のスタチン中心の薬物治療以外に遺伝子治療や透析なども行なわれてきましたが、十分な効果を上げることはできませんでした。しかし、LDL受容体と結合してLDL受容体の細胞内代謝をコントロールするPCSK9(プロ蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9)という蛋白に対する抗体を用いると、スタチン単独に比して血清LDLコレステロールを有意に低い50-80mg/dlまで低下させることができ、心血管系疾患の発症率を更に低下させることができるとともに、有害事象も危険なものはないことがわかりました。その後、日本では日本人を対象にした同様の試験ではLDL-C値が30mg/dl前後まで低下する症例もあることが明らかになり、これらのレベルまで下げた場合の安全性については今後慎重に検討していくことになるようです。

 心血管系疾患を発症した症例を対象にした二次予防大規模介入試験の結果で、スタチンとEPAの併用に次いでスタチンとエゼチミブの併用でスタチン単独より有意に心血管系動脈硬化性疾患発症率を低下させることが確認できました。スタチンとエゼチミブの併用ではスタチン単独よりLDLコレステロール値を有意に低下させており、 2013年末に米国で出された心血管疾患治療ガイドラインの問題点を浮き彫りにしました。重症の高LDLコレステロール血症や糖尿病を合併した高LDLコレステロール血症、すでに冠動脈疾患( 狭心症と心筋梗塞)を発症した症例や心血管系疾患発症リスクの高い症例などにスタチンを用いれば、十分に発症リスクを低下させる効果が認められるので、特にLDLコレステロールの治療目標値は設けなくてよいという点です。もちろん、これらの大規模介入試験は心血管系動脈硬化性疾患を未発症の症例に対して施行された試験ではありませんが、従来通り、LDLコレステロールは下げれば下げる程、心血管系動脈硬化性疾患の発症も予防治療できる可能性は高いと考えられます。スタチン以外の薬も用いて今までよりさらに一層LDLコレステロールを下げることが可能になった時代ですから、今後は、このスタチンと他剤の併用や他剤単独による心血管系動脈硬化性疾患の一次予防効果について詳細な検討がなされることが期待されます。

 参考までにですが、LDL-Cが50mg/dl以下になる病態としては、無ベータリポ蛋白血症( 無LDL血症)や家族性低ベータリポ蛋白血症( 低LDL血症)があります。家族性低ベータリポ蛋白血症( 低LDL血症)はアポB遺伝子変異ヘテロ接合体により発症しますが、心血管系疾患の合併がほとんど認められないのに対して、無ベータリポ蛋白血症( 無LDL血症)ではアポB遺伝子ホモ接合体変異またはミクロゾームトリグリセリド転送蛋白(MTP)ホモ接合体変異に発症しますが、後者の遺伝子異常症例のみに赤血球の変形(有棘赤血球)や脂肪吸収異常、脂肪肝、網膜色素変性、神経障害、発育異常などを呈することが知られています。さらに、最近では、PCSK9の遺伝子変異の一部のものにPCSK9の機能が低下して細胞表面のLDL受容体数が増加するものがあり、このタイプの変異では血清LDL-C値が低下することも報告されています。

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